やませみ46号(2006.5.1発行)

目次
@エコツーリズム報告・・・浅野正敏
A晴れたら見に行こう晩春〜初夏の蝶ウォッチング・・・大石 章
B春を告げる昆虫〜ビロードツリアブ〜・・・さとう こういち
C編集後記

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@好評でした……エコツアーでどろんこ作業  天覧山・多峯主山でエコツーリズムはじまる (エコツーリズム報告)・・・守る会代表 浅野正敏

 この春(3月4日)に、天覧山・多峯主山の自然を守る会(以後、守る会という)の主催で「ホタルの里の水辺づくりツアー」を開催しました。この事業は、環境省のエコツーリズム推進モデル事業として実施され、その様子がNHK番組「首都圏ネットワーク」と「いっと6けん」の中で放映され、関東一円に紹介されました。飯能市では、モデル事業を進めるに当たり、推進協議会を設立し、準備会から話し合いを重ね3つの理念をまとめています。


3つの理念
 1.今ある自然や文化を保全・再生してゆく。
 2.楽しく満足する旅の提供。
 3.地域への誇りと愛着を育む。

これを踏み外さないよう市内各地で実施されるエコツアーの内容をチェックしています。
 今回の「ホタルの里の水辺づくりツアー」では、ホタルやトンボなど多様な水生生物が生息可能な湿地環境を再生しようというものです。これまで守る会では、「東谷津田の保全作業」として毎月1回定期的に無償の活動を続けてきています。しかし、今回の「水辺づくりツアー」は、参加者から2000円という料金を頂いてどろんこ作業を楽しんでもらうという一見あり得ないと思える企画です。それでも心配した定員15名の募集も一週間前には埋まりました。これは「環境と経済の融合」という大きなテーマへの挑戦でもあります。
 当日は、飯能駅に集合して、市街地商店街を通って現地へ向かいました。ちょうどこの日、各商店の店先にご自慢のお雛様を展示して街中を廻ってもらおう という「雛飾り展」を開催していましたので、あちこちの店を覗きながらゆっくり歩きました。道々飯能商店街の魅力をアピールすることもエコツアーの重要な役目なのです。現地に到着すると、スタッフを紹介し、当日の作業内容を説明。自然環境の保全となる作業を楽しく経験するという趣旨なので、参加者の体力にあった無理のない仕事に付いて頂けるようにしました。 休耕田のぬかるみの中に入る作業の他にも、周辺の薮の刈り込みなどのメニューもあり、それぞれが選択をして仕事に取り掛かりました。午前の作業終了の声を掛けても楽しくてやめ られないといった感じで、心地よい汗を流した労働の後に、用意された昼食(豚汁とセリご飯)にも皆満足されたようでした。午後には、この地域の里山の昔話を聞いたり、飯能名物「味噌づけ饅頭」を食べたりと、地域の歴史や文化も味わって頂きました。
 この作業を通して、いま残っている豊かな自然環境を楽しみながら持続保全してゆくことの大切さを感じて頂けたのではと思っています。



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A晴れたら見に行こう 晩春〜初夏の蝶ウォッチング・・・ 自然観察指導員 大石 章

5月はアゲハの季節
里山は緑が濃くなり、花の季節になります。天覧山周辺では、ヤマツツジや多峯主山下のシャガが目立ったところですが、見回すとミズキ、ヤブデマリ、ウワミズザクラ、カマツカ、ツクバネウツギ、マルバウツギ、エゴノキなどの木が白い花を咲かせています。足元を見れば、ササバギンラン、ホウチャクソウ、タツナミソウ、ウマノアシガタなど色とりどりの花が見られるでしょう。
 花と共に進化してきた昆虫たちも、活動が活発になります。蝶に会いたかったら、晴れた日に、多峯主の山頂に10時頃に登りましょう。山頂には、大きなクマバチが縄張り確保のためにホバリングしていますが、心配要りません。雌を待ちかまえている雄ですから、刺しません。のんびり待っていると、アゲハ、キアゲハ、クロアゲハ、カラスアゲハ、モンキアゲハといった大型のアゲハチョウ科の蝶が風に吹き上げられるように次々と訪れます。これらの蝶は、繁殖相手を探すため、沢筋から山頂にかけてのルート(蝶道といいます)を定期的に巡回しているのです。



 西中学校近くの本郷入りに行くと、ハルジオンの花などに、一見モンシロチョウに似ていますが、羽が半分透き通った白い蝶がフワフワと漂うように羽ばたいてやってきます。これは実は、モンシロチョウと同じシロチョウ科ではなく、アゲハチョウ科のウスバシロチョウです。誤解の無いよう、ウスバアゲハという名前に変えようとした研究者がいましたが、普及しませんでした。どちらかというと山間部の蝶でしたが、最近は生息範囲を広げていて天覧山山麓や美杉台でも見られます。木陰に薄紫色の小さな花を付けるムラサキケマンが食草です。



6月はゼフィルスに魅せられて
 梅雨になりますが、木ではウツギ、コアジサイ、ネジバナ、テイカカズラ、イボタノキが咲き、道端にはホタルブクロ、ウツボグサ、ナルコユリ、オカトラノオが咲いているでしょう。ホタルの里の湿地ではチダケサシが咲き出し、ホタルが出てきます。
 この時期、小型のシジミチョウの仲間の、ギリシャの「西風の神」ゼフュロスからとったゼフィルス類が出現します。天覧山周辺には、ミドリシジミ、オオミドリシジミ、アカシジミ、ウラナミアカシジミ、ミズイロオナガシジミ、ウラゴマダラシジミの6種類が生息していますが、小さいため、注意していなければ見逃してしまうでしょう。
アカシジミとウラナミアカシジミは、鮮やかなオレンジ色の蝶で、夕方コナラやクヌギの梢を飛び交います。昔はウラナミアカシジミはたくさん見られましたが、食樹であるコナラやクヌギの木が若くないと生息しないため、里山の放棄と共に減少してきました。オオミドリシジミは、金属光沢の青緑色をした蝶で、多峯主山山頂では10時前後に2〜3頭が巴になって飛び交っているのが見られます。これは雄が、雌を待ち伏せするために梢の先端で縄張りを張っていて、入ってきた他の雄を追い回しているのです。この美しいメタリックグリーンを見た人は、一発でゼフィルスのファンになってしまうのではないでしょうか。




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B春を告げる昆虫 ……ビロードツリアブ

 3月中旬から5月にかけて天覧山・多峯主山では、春の訪れを待っていた昆虫たちが、一斉に活動をはじめます。秋の終わりから越冬していたキチョウやキタテハ、羽化したばかりのアゲハやモンシロチョウの新成虫が、穏やかな太陽の下、せっせとオオイヌノフグリやタンポポ、ホトケノザなどの花を廻る光景を目にしますと「あぁ…春だなぁ」と、その飛行線を辿ってしまいます。
 そんな蝶たちに混ざり、空中でホバリング(停止飛行)しながら、花にストロー状の長い口(口吻)を差し込み、まるでハチドリのように器用に蜜を吸ってゆく昆虫を見かけます。里山に春の訪れを告げる昆虫「ビロードツリアブ」です。
 早春の短い時期だけに出現するアブの仲間(双翅目)で、体長は約1センチ。丸い体に、体長の7割ほどもある黒く尖った口(口吻)をもち、全身をビロード状の黄金色の毛を纏っています。一見すると、蜂や虻のように人を刺すのではないかと心配してしまいますが、けっして刺されることはありません。性格はいたって温厚…かしら。とてもユニークで愛嬌のある姿は、ぬいぐるみのようです。そんなビロードツリアブですが、彼らの生活史は謎が多く、幼虫時代にヒメハナバチの仲間の幼虫に寄生するといわれています。
 ヒメハナバチの仲間も早春に出現する昆虫で、地中深く掘った穴(営巣)へ、集めてきた花粉と蜜を混ぜてつくった団子状のものを蓄えます。この花粉団子に卵を産みつけ、卵から孵った幼虫はそれを食べて成長し蛹となり、羽化して地上に姿を現します。ビロードツリアブは、このヒメハナバチの仲間の幼虫に寄生するというのですが、どのように産卵をするのか、また孵化した幼虫がどのように寄主であるヒメハナバチの仲間の幼虫へ辿り着くのかなど、あまり生態は知られていません。毎年、春になると産卵行動を観察してみたいと思い、彼らの姿を追っているのですが、未だにその思いを達成できずにいます。
 ファーブル昆虫記にも、ビロードツリアブの仲間の生活について書かれた一文があります。3月中旬から5月にかけて天覧山・多峯主山周辺を散策する際は、ジャン・アンリ・ファーブルのような観察眼で、早春の短い時期にだけ姿を現す昆虫界のスプリング・エフェメラル(春の儚い命)「ビロードツリアブ」を観察してみるのはいかがでしょうか。

「飯能むすび」編集長 さとう こういち
「飯能むすび」http://www.hannomusubi.net



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C編集後記

  早朝、御嶽神社から多峯主山へ向かって山道をジョギングしていると、目の前をオオタカが横切っていった。いままで、これほど至近距離でオオタカに出会ったことはなく、灰褐色の縞のある胸から腹にかけての柔毛がなびく様やひとかき毎に翼の付け根あたりの筋肉が隆起するのが間近に見え、バタッバタッという羽ばたきが作り出す風を頬に感じることができた。この邂逅に、時間が一瞬止まったようで、私の心と体は自然の中へ溶けこみ正体を失い、ただ、感覚だけがそこに留まっており、オオタカと共に樹間に消えていくことさえできるような気がした。オオタカが横切るとき、ほんの少し頭を傾げてこちらを見たような気がしたが、それは、オオタカなりの朝の挨拶であったのかも知れない。この日、世界は少しだけ、私に微笑んだような気がした。(丸山)